自民党も再生をめざすなら、日本経済の構造に合わない市場原理主義をきっぱりと放棄して政府の役割を再定義し、脱デフレ戦略で民主党に先駆けるべきだろう。
【国際政治経済学入門】新政権は「デフレ病」を退治できるのか
07:10産経エクスプレスから
民主党主導の連立政権がスタートした。政権交代の真の意義は、自公政権が不作為に終始したデフレ病克服にある。鳩山政権は経済のパイ拡大を目指すことを大目標に設定し、必要な政策を総動員すべきだ。
歴史的にみると、国家をリードする経済哲学は二分されてきた。政府の役割を最小限に抑え、民間の市場原理にまかせればよい、という市場原理主義と、政府が経済拡大のために大きな役割を果たすケインズ主義である。
《負のスパイラル》
1年前の「リーマンショック」により、米国消費者の購買力の3割以上が一挙に消滅した。米国はもとより日本、中国などの輸出産業も巨大な供給過剰に陥った。放置しておくと、製品価格は下がり続け、企業は破綻(はたん)し、失業者が街にあふれだす。すると需要はさらに縮小し、倒産と失業増が加速する。「デフレスパイラル」と呼ばれる現象である。そこで政府が国債を大量発行し、貯蓄マネーを吸い上げて社会資本や雇用対策に投入する。財政出動を呼び水に民間の投資や消費を促し、デフレ不況突入を避ける。米国も欧州も中国も躍起(やっき)となっている。
日本の場合、1990年代初めにバブル崩壊し90年代後半以降、物価が下がり続け経済成長がゼロになるデフレ病にかかっている。時の政権は当初、公共投資の拡大を試みたが、「財政均衡」を求める財務省官僚の声に促され、橋本龍太郎首相(当時)が1997(平成9)年に消費税増税など緊縮路線に転換すると、経済はデフレに舞い戻った。橋本政権を引き継いだ小渕恵三首相(当時)は再び財政支出を拡大させたが、効果が出ないうちに病に倒れた。2001年には「民のものは民に」という小泉純一郎政権が登場し、市場原理主義へと大転換した。族議員と霞が関官僚による非効率で肥大化した日本経済を構造改革するという主張は国民やメディアの多くの支持を集めた。
《自民の無為無策》
ところが、デフレ病は一向に改善しなかった。景気のほうは円安に支えられた輸出産業の競争力再生により好転した。小泉政権は所得税の配偶者特別控除や定率減税を廃止し、財政均衡を図った。96年度に約40兆円だった公共投資は08年度に約20兆円まで減った。結果は税収減で、政府は国債発行で財政赤字を穴埋めすると同時に増税に追い込まれた。結局小泉政権時代、国債発行残高は278兆円増えた。政府は小さくなるどころか逆に大きくなった。地方交付税交付金も削減され、地方の疲弊もひどくなっていった。社会の活性化どころか若者の貧困化、自殺者の増加など世相も暗くなった。
「小泉後」安倍晋三、福田康夫、麻生太郎の各政権はこの成功体験に足をとられ、デフレを放置した。麻生政権はリーマンショックを受けて、緊急財政出動に踏み切ったが、緊縮財政論の与謝野馨財務相にひきずられて、均衡財政や消費税増税にこだわり続けた。総額15兆円もの追加経済対策も、官僚まかせの役所関連施設の寄せ集めが目立ち、迫力に欠けた。
先の総選挙での自民党の大敗北の根本原因は、デフレ病というバブル崩壊後10年以上もの間の宿痾(しゅくあ)に取り組もうとしなかった無為無策にあったとも言える。
《課せられた歴史的使命》
民主党主導の政権はデフレ病を退治できるだろうか。民主党大勝利を生んだのは、小泉政権以来の格差問題や社会保障負担増にあえぐ有権者に対し、個別の生活支援を乱発、公約する戦術による。しかし、国民の活力をそぎ、閉塞(へいそく)させる元凶になっているデフレ病に対して、処方箋(せん)を示してはいない。
藤井裕久新財務相は「財政均衡至上主義」にとらわれない考え方を表明しているが、デフレ問題には言及していない。国家戦略・経済財政・科学技術担当相の菅直人副首相は「脱官僚依存」を指揮するが、単に官僚から予算権限を取り上げ、「政治配分」をアピールするだけなら、財政支出は混乱し緊縮財政と同じ影響が生まれむしろデフレを悪化させかねない。
経済のパイを拡大する成長戦略を作成し、思い切った財政出動と、それに連動する金融政策を動員してデフレから脱出する。これこそが鳩山政権の歴史的使命だ。
(特別記者・編集委員 田村秀男/SANKEI EXPRESS)


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